展覧会主旨


12世紀頃、中国で学んだ禅僧によってもたらされた宋時代の新しい喫茶きっさ法は、次第に禅宗寺院や武家など日本の高貴な人々の間に浸透していきました。
彼らは中国の美術品である「唐物からもの」を用いて茶をきっすること、また室内を飾ることでステイタスを示します。
その後、16世紀(安土桃山時代)になると、唐物に加えて、日常に使われているもののなかから自分の好みに合った道具をとりあわせる「侘茶わびちゃ」が千利休せんのりきゅうにより大成されて、茶の湯は天下人から大名、町衆へより広く普及していきました。このように、日本において茶を喫するという行為は長い年月をかけて発展し、固有の文化にまで高められてきたのです。

本展覧会は、おもに室町時代から近代まで、「茶の湯」の美術の変遷を大規模に展観するものです。
「茶の湯」をテーマにこれほどの名品が一堂に会する展覧会は、昭和55年(1980)に東京国立博物館で開催された「茶の美術」展以来、実に37年ぶりとなります。
各時代を象徴する名品を通じて、それらに寄り添った人々の心の軌跡きせき、そして次代に伝えるべき日本の美のすいをご覧ください。

みどころ


37年ぶり、
奇跡の大「茶の湯」展

昭和55年(1980)、東京国立博物館において開催された「茶の美術」展は、名家秘蔵の茶道具を日本の美術としてとりあげた初めての展覧会でした。
それから37年の時を経て、新たに21世紀の眼で日本文化の象徴「茶の湯」をたどります。

有名武将・茶人も愛した
名碗オールスターズ

かつて名だたる武将や茶人に愛され、時代を超えて人々の心をとらえてきた名碗が一堂にそろいます。
中国、朝鮮、日本と異なる地で焼かれた第一級の名碗たち。
各時代を象徴するこれだけの名品がそろうことはめったになく、まさに奇跡の開催といえます。

近代から現代へ。
茶の湯をつないだ近代茶人たち

明治時代、日本の経済界を支えた大実業家たちのなかに、古美術を愛し、新しい視点で茶の湯を究めた人々がいました。
今回の展覧会で注目する藤田香雪(ふじたこうせつ)、益田鈍翁(ますだどんのう)、平瀬露香(ひらせろこう)、原三溪(はらさんけい)、この四人の眼を通して、創造力にあふれた茶の湯の新たな魅力をご紹介します。

名碗オールスターズ

足利義政あしかがよしまさ織田信長おだのぶなが千利休せんのりきゅう松平不昧まつだいらふまいなど
歴史を動かした天下の武将や茶人たちが手にした
国宝級の名碗が一堂にそろいます。

章構成


足利将軍家の茶湯

唐物荘厳と唐物数寄

 12世紀頃、中国の宋からもたらされた点茶(抹茶)という新しい喫茶法が、次第に日本の禅宗寺院や武家のあいだで広まりをみせます。彼らは中国の美術品である「唐物」をこぞって集めて室内を飾り、それらを用いて茶を喫することで自らのステイタスを示しました。そして室町時代、15世紀頃には、足利将軍家には最高級の唐物が集められ、鋭い鑑識眼による分類、評価がなされるようになります。この唐物を愛でる「唐物数寄」の価値観は、のちの「茶の湯」に大きな影響を及ぼすことになるのです。
 ここでは、足利将軍家に集められた第一級の名品を中心に、唐物数寄の眼で選び抜かれた貴重な作品を紹介します。

遠浦帰帆図
牧谿筆
中国 南宋時代・13世紀
京都国立博物館蔵(5月9日〜5月21日)

本図を含む瀟湘八景図は、中国の洞庭湖に注ぎ込む瀟水と湘水一帯の景勝を描いたもの。足利義満の鑑蔵印「道有」があり、のちに織田信長が所持しました。

廬山図
玉澗筆
中国 南宋時代・13世紀
岡山県立美術館蔵(4月11日〜5月7日)

牧谿にならぶ中国の著名な画家の一人として日本で高く評価されてきた禅僧画家、玉澗の名品。かつて佐久間将監さくましょうげんが茶掛けに合うように裁断したというエピソードでも知られます。

紅白芙蓉図
李迪筆
中国 南宋時代・慶元3年(1197)
東京国立博物館蔵(5月23日〜6月4日)

南宋の画院画家、李迪による花の絵。1日で白から紅に色を変える酔芙蓉を瑞々しく繊細に描いています。茶室空間に応じて次第にこのような小幅の掛物が好まれるようになります。

青磁下蕪花入
中国 南宋時代・13世紀
アルカンシエール美術財団蔵

中国の青磁は鎌倉時代以降、日本へ大量に運ばれ、茶碗や花生、香炉など茶湯道具として珍重されました。本作もそのひとつで、玉にも優る釉調で圧倒的な美しさを誇る花入の傑作です。

佗茶の誕生

心にかなうもの

 15世紀末になると、新たな時代の担い手となる町衆が急速に力をつけ、連歌や能、茶、花、香などを楽しみ、究めるようになります。そうしたなか、珠光(1423〜1502)や「下京茶の湯者」と呼ばれる人々のあいだでは、唐物を珍重するだけではなく、日常の道具のなかからも好みに合ったものを取りあわせる新しい風潮が生まれました。この「侘茶」の精神は、武野紹鷗(1502〜1555)ら次の世代へ広がり、深められていきます。
 第二章では、彼らの眼を通じて「唐物」から「高麗物」、「和物」へと茶湯道具に対する価値観が変化する様子をたどりながら、時代の転換期に萌芽した侘茶の美術を展観します。

唐物茶壺 銘 松花
中国
南宋〜元時代・13〜14世紀
愛知・徳川美術館蔵
(4月11日〜5月7日)

葉茶を保存するための大壺。茶壺は戦国武将たちが特に珍重し、その価値は一国一城に値するとまでいわれました。本作品は織田信長、豊臣秀吉、徳川家康と歴代の天下人が所持した名物です。

唐物肩衝茶入 銘 初花
中国
南宋〜元時代・13〜14世紀
德川記念財団蔵
(4月11日〜4月23日)

中国南方で作られた日用品の褐釉小壺が日本で唐物茶入として珍重されました。肩の衝いた大ぶりのもののなかでも、本作品は天下の名肩衝として知られ、命銘は足利義政と伝わります。

黄天目 珠光天目
中国
元〜明時代・14〜15世紀
東京・永青文庫蔵

村田珠光所持と伝わるところから「珠光天目」と呼ばれる茶碗です。釉を二度にわたって掛けており、その下釉の色が黄色を帯びているので黄天目と分類されています。灰被天目に同じく、黄天目もまた侘茶の流行にともなって次第に評価されるようになりました。

佗茶の大成

千利休とその時代

 安土桃山時代、侘茶を継承した千利休(1522〜1591)によって茶の湯はついに天下人から大名、町衆へと、より広く深く浸透することになりました。天下人、豊臣秀吉の茶頭となった利休は、珠光以来の伝統を受け継いで、唐物に比肩する侘茶の道具を見い出しただけでなく、新たな道具を創り出し、それらを取りあわせることで茶の湯の世界に新しい風を吹き込んだのです。
 本章では「利休がとりあげたもの」、そして「利休の創造」と題して、千利休の茶の湯に迫ります。続いて、利休の精神を継いだ茶人、古田織部(1544〜1615)とこの時代に花開いた茶陶を通じて、自由で力強い桃山期の茶の湯の魅力を紹介します。

黒楽茶碗 銘 俊寛
長次郎
安土桃山時代・16世紀
東京・三井記念美術館

楽焼の創始者といわれる陶工、長次郎が利休の指導で生み出した黒楽茶碗の代表作の一つ。腰が低く、強く張り出した筒形に緊張感がみなぎる名碗です。

唐物尻膨茶入 銘 利休尻膨
中国
南宋〜元時代・13〜14世紀
東京・永青文庫蔵

天正15年(1587)の北野大茶会に用いたとされ、のちに細川三斎(忠興、1563〜1646)の手に渡りました。

大井戸茶碗 有楽井戸
朝鮮
朝鮮時代・16世紀
東京国立博物館蔵

織田信長の弟で茶人の織田有楽所持と伝わる大井戸茶碗。悠然と穏やかな佇まいで見る者をひきつける名碗です。有楽ののち、紀伊国屋文左衛門らの手を経て藤田家に伝わります。

千利休像
伝長谷川等伯筆・古溪宗陳賛
安土桃山時代・天正11年(1583)
大阪・正木美術館蔵(4月11日〜5月28日)

天正11年(1583)、桃山期を代表する絵師、長谷川等伯が利休62歳の姿を描いたと伝わるもの。眼光鋭く、威風漂う姿です。利休参禅の師、大徳寺117世古溪宗陳の賛が認められます。

古典復興

小堀遠州と松平不昧の茶

 江戸時代、太平の世において茶の湯は変化の時代を迎えます。小堀遠州(1579〜1647)を中心として室町時代以来の武家の茶を復興する動きや、千利休の精神を継承して家元を確立する動き、さらに公家の雅な世界をとり入れて新しい風潮を創ろうとする動きなどが生じ、それらが相互に影響を及ぼしあっていきました。  本章ではまず、武家の茶を再興し「きれいさび」と称される新たな茶風を確立した小堀遠州にまつわる道具を中心に、江戸時代前半の茶の湯をご紹介します。
 続いて、江戸時代後期の松平不昧(治郷、1751〜1818)の茶の湯をとりあげます。すでに茶の湯が形骸化していたといわれるこの時代、松江藩主をつとめた不昧は古典をたどり、道具を収集、評価しました。この不昧の眼を通じて、よみがえった名品をご覧いただきます。

古銅象耳花入れ 銘 キネナリ
中国
明時代・14〜15世紀
東京・泉屋博古館分館蔵

遠州所持と伝わる古銅花生。下蕪形の姿が杵に似るとしてこの名が付いたと考えられます。
気品に満ちたその佇まいは、品格を重んじる武家茶の道具にふさわしいでしょう。

色絵若松図茶壺
仁清
江戸時代・17世紀
文化庁

江戸初期の京焼の名工、野々村仁清の作品。茶人金森宗和のもとで天皇や公家好みの瀟洒な茶陶の制作にたずさわったといわれています。仁清黒と呼ばれる黒い釉と肩の衝いた形が目を引きます。

丹波耳付茶入 銘 生野
丹波
江戸時代・17世紀
大阪・湯木美術館蔵

国焼茶入の代表作。丹波(兵庫県篠山市)は遠州の指導により優れた茶陶を生み出しました。本作は、遠州自らが丹波の名勝に因み名付けたといわれ、いかにも遠州好みの洗練された姿です。

油滴天目
中国・建窯
南宋時代・12〜13世紀
九州国立博物館蔵

松平不昧は名器を、宝物、大名物、中興名物と細かく分類、評価しました。本作品は古田織部所持と伝わり、不昧の道具を記録した『雲州蔵帳』に「大名物」と記載されています。

粉引茶碗 三好粉引
朝鮮
朝鮮時代・16世紀
東京・三井記念美術館蔵

朝鮮半島で作られた白釉碗。粉を吹いたような器肌と、火間と呼ばれる釉が掛からない部分が景色となって風格を漂わせています。戦国武将三好氏所持と伝わることからこのように呼ばれています。

新たな創造

近代数寄者の眼

幕末から明治維新の混乱期には、寺院や旧家から宝物や名品が世の中に放出されました。そうした時期に、平瀬露香(亀之助/亀之輔、1839〜1908)、藤田香雪(伝三郎、1841〜1912)、益田鈍翁(孝、1848〜1938)、原三溪(富太郎、1868〜1939)ら名だたる実業家たちはすぐれた眼で第一級の茶道具をとりあげ、伝統を重んじつつ、新しい価値観で新しい時代の茶の湯を創りあげていきました。本展覧会の最後に、関西と東京でそれぞれ名を馳せたこの四人の数寄者(趣味人)をとりあげ、それぞれの茶の湯とその美学を各二週ごとに展観します。

次のスケジュールでテーマとする近代数寄者が替わります。

藤田香雪:4月11日(火)~4月23日(日)
益田鈍翁:4月25日(火)~5月 7日(日)
平瀬露香:5月 9日(火)~5月21日(日)
原 三溪:5月23日(火)~6月 4日(日)